<写真ギャラリー2006☆その2>

<4月>
部屋の模様替え中盤戦・・疲れたので、ラベンダー風呂に入ろうの図遊びに連れてく暇がないので、表であそんでアゲル工事中のお出かけは、はなちゃん同伴で・・途中ちょこっとお散歩したら、はなちゃんも満足
「戦いの始まり」
母が入院してから、毎日いろいろな課題が与えられ、クリアのためがんばっている。
これは戦いだと思う。
うちの家に退院させて、母も私も生活に慣れ、落ち着くことが出来たら、戦いに勝ったことになる、のかなぁ。
ペースが出来るまで、がんばろう。

透析開始・・
先生もだいぶん迷っていたようだけど、何もしなければこのままだし、楽になるかどうかはわからないけど、透析を開始してみることになった。失見当識(母の場合は、時間・場所・看護師さんと助手さんの違いなどがわからない)が少しでも良くなればいいけど・・食欲も出て、足のしびれや排尿排便の具合も良くなるといいけど・・
でも、期待がはずれることもあるとは、わかっている。
(見当識機能=自己、他者、時間、周囲環境との関係を知り確かめる全般的な精神機能)
始めての透析では、状態が急変することもあるので、家族は病院にいるようにとのことであった。
透析室に行ったら、まず体重を測り、ベッドに横になり、問診があった。
血圧と心電図は持続的に測定。
血管に、2本の針をさす。血液が出て行く方と、戻ってくる方と。
透析している方の腕は、あまり動かさないようにとのこと。寝返りは、してよい。
負担が少ないように、2時間を3日間続けて行うということだった。(普通は、3〜4時間らしい)
特に問題なく終了し、車椅子に乗せられて戻ってきた。母は、じっと寝てるのがしんどかったと言った。
もうあんなんせんと、家に帰って寝てる方がええわやって。それで死んでもええって。
母の人生ですから、最終的には母が決めたらええけど、もうちょっとだけ続けて、元気になるかどうか見てから考えようよ。元気になって家に帰って、いっしょに生活したいやん?

住宅改造する家に住民票がないと、
介護保険で住宅改修費の支給が受けられないので、母の住民票を移す。近くのサービスセンターでも手続き出来るとのことで、ほっとする。健康保険証・老人医療症・介護保険証も持っていくように。世帯はどうしますか?いっしょにしたら?別にしたら?扶養にとるかどうかは別問題だそう。よくわからないけど、別にしてみた。どうかなぁ・・

こんな時期に、ケアマネさん交代。業務の都合って・・
透析の送迎(病院がサービスでしている)をお願いできるのか?
住宅改造も早くしてもらわないと・・
退院後は、デイサービスでお風呂に入れてもらいたいんだけど・・
ベッドは、法律が変わって、要介護1の人は、介護保険でレンタル出来なくなったけど、どうする?
介護保険の要介護度の再認定の申請したけど、まだ結果出てないし・・
車椅子とポータブルトイレが必要?車椅子ごと降りられるリフトも?
あぁ、緊急通報装置(ひとり暮らしだったから借りていた)も取り外してもらわないとね・・
郵便物の転送とか、各種住所変更もたくさんあるし・・(まぁこれは追々)
透析の医療費って・・
親戚にも連絡しないとね・・透析始めたこと・・
お見舞いのお礼はどうしよう・・
とにかく、問題山積みだー

医療費については・・
老人医療の特定疾病の申請をし、保険適用分の自己負担限度額が、1万円に。
それ以外は、食費とオムツ代くらいなので、助かる〜
これは、透析を始めたので申請出来た。主治医に、書類を書いて頂く必要があり。
また、透析をしている人は、
身体障害手帳の申請が出来て、手帳があると、さらに医療費が安くなる。これから申請予定。
ネットのお友達に教えてもらっていたので、病院の事務の人に聞いた。
自分から聞かないと、教えてくれなかったのかな???

住宅改造・その他介護保険がらみについて
介護保険の住宅改修の制度で、10万円まで補助があり、本人1割負担で、手すりやスロープやステップを取り付けることが出来る。事前に申請が必要。
ケアマネージャーさんが段取りしてくれて、ケアマネさんと、病院の理学療法士さんと、業者さんと、大工さんが、いっしょに家を見に来てくれた。母も連れてきてくれて、どういう方法で部屋まで入るか、家の中の移動も見てくれて、ステップを取り付けてもらうことに。
家の外は、手押し車(シルバーカー)で、家の中は、杖をついて(腰を支えながら)、ということに。
手すりは、前の家から取ってきて、自分でつけようかと。
でも、調子の悪い日とか、玄関から部屋まで、無事たどり着けるかどうか心配ー。
玄関外の段差、玄関ドアのとこの段差、上がりかまちの段差、廊下、部屋に入るところの段差、部屋に入ってベッドに座るまで。元気な人には何ともないけど、足腰の弱った年寄りには、遠い道のり。
外回りの工事(こっちは介護保険とは関係ないけど)も終わってスッキリ。
それと、ベッドは、とりあえず実費(月1万円)覚悟でレンタル。要介護2にならなければ、手すり付きベッドを購入予定。
ポータブルトイレを購入、9割は、後日介護保険で戻ってくる。
ケアマネージャーさんを通して、業者から購入。申請手続きなどは、業者がやってくれる。

「はな五郎受難の日々、通もストレスフルな日々」
外回りの工事中、玄関の中の広めのゲージに入れていたのだけど、ちょっとした物音・気配に敏感にヒーヒー・バタバタ。
おちっこのため、散歩の回数増やしたりしたけど、おちっこしてしまう・・
通が出かけようとすると半狂乱。
日差しの弱い日は、いっしょに連れて出て、車に入れておいたけど、晴れた日はそうも行かない。
もう車内が熱くなるから。
置いて出かけて帰ったら、声かすれてた。もちろん、ゲージの中も散乱。
あんまりヒーヒー言うもので、こっちも疲れてきた。
ちっともゆっくり出来ない。それでなくても神経疲れてるのに・・
工事も終わって、コンクリも乾いたので玄関前に出したら、やっと落ち着いた。
満足そうな顔。夜も、ぐっすりお休みになったご様子。
また繋がれちゃうけど・・
前より、外を通る人になでてもらいやすくなるから、がまんしちくれ!はなちん。

「母退院」
その日がやって来た。
退院が近くなると、同居を心配する余裕もないほど忙しかった。
母の家から、身のまわりの物を運び、週末にはテーブルやテレビを運んだ。
ホームセンターや家具屋をまわった。
その他、各種手続きや、先生のお話や、利用する予定のサービスの契約、頭がはち切れそうだった。
内科と整形外科と泌尿器にかかっていたから、それぞれの先生の話を聞かないといけないことになってしまって、誰かひとりの先生が統括してくれると助かるんだけどね・・
看護婦さんも、情報を共有出来ておらず、ひとりひとりに同じ説明をしなけれなならなかった。
そして、面会では、母との会話・・毎日同じことを聞くから、疲れた頭で同じことを答えていたよ。
透析の効果か?ちょっと頭がスッキリしてきて、覚えてない記憶があることがわかってきたんだね。
入院したときから、ちょっと前のことまで。
透析開始の前後は、かなりひどかったよ。話の内容も変だったし、まわりの人に嫌われてるとか、いじわるされたとか、状況を理解できないものだから、被害妄想気味だったし・・
夜は、東京に行くとか言って、荷物をまとめて廊下を歩いていたこともあったそうだし・・
透析開始から1週間ぐらいしたら、体が元気になったようだった。足がしっかりしてきた。精神的にはハイで、多弁になった。よく考えずにしゃべり、話題がコロコロ変わった。で、だんだん思い出して来たらしい。住所や電話番号を思い出したと言い、いったん上手にかけられなくなっていた電話を、またかけて来るようになった。ただし、言われたことはすぐ忘れてしまうようだったけど。
通は、毎日家に帰って、いろんなことを忘れないようメモをとったら、疲れ果てて横になった。
食事を作る気力はなかった。
遅く帰ってきたモアイと食べに行ったり、コンビニで何か買ってきてもらったり、限界スレスレで、頭の左半分が痺れる感じがときどきするようになって、やばいな〜と思ったけど、どうしようもなかった。
そして退院の日が来て、これからどんな日々を過ごすのだろうと心配もあるけど、とりあえず忙しい毎日からは、ちょっと開放されたわけだ。
母と15年ぶりの同居。

母の面倒を見てくれた病院スタッフの皆さんに感謝。
退院に向けてご協力いただいた関係者の皆さんに感謝。
お見舞いに来て、母を元気づけてくれた親戚・ご近所さんに感謝。
文句も言わず、同居準備につき合ってくれたモアイに感謝。

PS.お見舞いは、パジャマがいちばんうれしかった〜
(お腹のゴムゆるめで、ズボン丈が長すぎないのがgood)





<5月>
海できゃははは♪真剣!今日は楽しかったね〜って顔
ガブッ・・お出かけの特別おやつは、ほんまに大サービスでっせ(笑)これやから、お出かけ好きなんですわもっとおやつくれるのん?とビスカルを注目中きゃははははは・・・・・・・
公園で・・もちろんオヤツ目線です・・オヤツ出さなかったら、よそ見ばっかりふらふら・・ウロウロ・・むしゃむしゃ・・四葉のクローバー見つけました・・生まれて初めての快挙です!(笑)・・どこにあるかな?モアイも見つけたから、ダブルハッピーだねって・・出かける前に母の不満たっぷり聞かされて、気分がブルーだったのだけど・・ハッピーハッピーになりますように
「そして15年ぶりの同居生活は・・」
母の部屋は、1階の四畳半。レンタルしたベッドと、新しく買った整理タンス、その上にあっちから持ってきたテレビ、その横にあっちから持ってきたテーブルとイス、その横に介護保険を使って買ったポータブルトイレ。それで、めいっぱいである。うちは、1階に、広いリビングダイニングと四畳半の和室しかないので、どうしようもない。
そこで、一日のほとんどを過ごしてもらうことになった。そして、夜と、私が出かけるときは、ふすまに付けたカギを閉めて・・(病院で、おかしな言動があったため)
が、退院した母は、思ったより元気になっていた。廊下をスタスタ歩き、食事は私達といっしょのリビングで食べるようになった。そして3日目、
母が怒り出した。カギなんか閉められて悲しいと。病院でおかしくなっていたときのことを、母は覚えていないらしく、納得いかなかったのだろう。こっちとしては、病院でのことがあったし、母の様子を観察中だったのだが・・
あんまり怒るし、それ以外のことにも、いっぱい文句を言い出したので、とりあえず、部屋のカギを閉めるのはやめて、自由に出入り出来るようにした。
私のことを、母は、あたたかみがないとなじった。
理由は、退院してお風呂に入りたかったのに、家で入らせてくれず、入浴サービスに行くよう言ったし、食事の後、話をしようとしても、あまりしゃべろうとしない迷惑そうだと。
でも、頭洗ってって言うから洗ってあげたし、シャワーも浴びさせてあげたやん。だいたい病院では手を引いても歩けなかったのに、家でお風呂に入れるなんて思ってなかったし。あんまり話をしないのは、話をしたら疲れるからで、私はお母ちゃんと違って無口なん。そりゃあ、朝ごはんの後とか、モアイとしゃべれる短い貴重な時間は二人で過ごしたいっていう気持ちも確かにあるし・・
二人で言い合いして、その場を離れ、しばらくしたら普通に戻った。ウソみたいに。
まぁ、不満があっても仕方がないと、お互いわかっているからだろうけど。
でも、
ストレスは毎日たまる
私がいちばん嫌なのは、ポータブルトイレの掃除。最初はかなり、気分が悪くなった。今でもキツイ。
家なら使いやすい水洗トイレがあるし・・
もう足がそんなに元気になったのなら、家に帰って欲しいと思うようになった。
食事のことも、ヘルパーさんに来てもらって、私も行くし、なんとかなるやろうと思った。
でも、その話をしたら、母は、追い出したいんか!と言った。
そうじゃないけど、元気になったら自分のことは出来るだけ自分でやって欲しいし、そうしないと、このまま何もしないでいると、出来なくなるよと。
母は、まだ自信がないと言った。まだまだ無理と。
でも、私は、家に帰るリハビリを始めることにした。
まず、薬の管理を、母にしてもらうようにした。病院では飲む度に渡されていたので、退院後も私が管理していたのだけど・・
そして、透析やデイサービスに持っていく荷物の準備も、母にしてもらうようにした。
最初は、いっしょに準備して、わかりやすいようにメモに書いて渡したりして。
着ていく服やパジャマは、最初から自分で選んでいたし。
お風呂も、シャワーチェアを置いてあげたら、ひとりで入っている。ただし、足がふらつくので、危なくないように見守って、ちょっと指示を出したりはしている。
透析のない日は、母を元の家に連れて行く。母は、もうこれ以上置き場所もないのに、服を持ってこようとする。置き場所ないのに知らんで〜もう勝手にしぃ!と、私が言い、母は思い通りに持ってくる。四畳半の部屋には服が積み上がっている。母の家のご近所は年配の方が多く、いいお話相手になって下さっていた。退院して久しぶりに顔を見せた母に、話しかけて下さって、母も元気が出て、私なぁ、また元気になったら帰って来ようと思ってなぁ・・と、生き生きとした顔で話した。
リハビリは、私の思惑どおりに進んでいる??

その後、母は、不満は感じながらも、節度ある同居生活を心がけてくれているようだ。私たちに遠慮して。
が、私に対するねぎらいの言葉はなく、それがたまに、カチンと来る。
正直、母と同居するようになって、私はけっこうしんどい。
食事作りの手抜きが出来なくなった、外食の回数が極端に減った。掃除・洗濯が増え、なんと言っても、いちばん嫌なポータブルトイレの掃除が毎日ある。風邪をひいてしんどい日も、誰も代わってくれないし、朝になったら、自分は食べたくなくても朝食を準備しないといけなし、文句は言われるし・・
最初のうちは、透析が午前中だったので、朝の7時過ぎにはお迎えが来てくれて・・母はとても早起きだった。4時台から起きちゃってごそごそしてくれたり・・母は早く寝るからいいけど、モアイの帰りを待つ私は寝不足になり、風邪ひいて治らないし・・
何も良いことはない。
誰も代わってくれる人がない、透析をしているからショートステイにもお願い出来ない。
出来ることなら、もうちょっと余裕のある形を取りたいのだ。

母にとっても、激動の3カ月だったと思う。
初めての長期入院、骨折の痛みで起きあがれずオムツ使用、尿毒症の悪化、透析のためのシャント手術、昼夜逆転・認知症・車椅子への拘束、透析の開始。
退院して生活環境の変化・ストレス、透析の通院開始(早朝出発)、デイサービス利用開始(9時から4時まで)、診察のため病院受診(透析の都合で夜の診察に行くことになっちゃったし・・待ち時間バカに長いし・・)
私が寝不足でしんどくて、風邪が治らなくて、透析を午後からに変えていただけないか、送迎担当者に相談した頃のこと。母が発疹が出てきて痒いと言い出した。透析をしてるときに痒くなったと言うので、貧血治療のためのお薬の副作用?と考えたが、2日後の透析のとき、内科の先生は、ダニちがうか〜と言ったとのこと。いやぁ、ダニにしては、片側のお尻だけっておかしくない??って言ってたら、だんだんひどくなり、次の日には、水疱が出来だし・・
見たことはないけど、もしやこれは・・と思っていたら、その次の日の透析でヘルペスと言われ、飲み薬(3日分)をもらってきた。
ヘルペスってすごいことになるね〜水疱の出来た発疹どうしがくっついて、赤黒く変色して、最初は痒かったのが、痛くなって、片側のお尻から太ももの裏にかけて、どうもこうもすごい状態。
本人は、どんどん広がるんちゃうか?と心配してるし、透析室の看護婦さんも皮膚科に行った方が・・って。そのときには、一部変色が薄くなって来てるところもあり、治って来てるんでない?と思ったけど、透析してて抵抗力もないことだし心配なので、皮膚科を受診した。発疹に気付いてから10日目。先生は、もうこれから治って来ますよと言ってくれ、お薬も、ぬり薬をちょっと付ける程度でいいですよと。内科の先生が出してくれた薬で良かったみたい。治りますと言ってもらえて、母も安心したようだった。まだ、痛みも水疱もあるけれど・・

結局、デイサービスは、時間が長くて疲れるのと、レクレーションの内容がつまらない(子供じみてる?)とのことで、行くのをやめた。自分でなんとか、お風呂に入れるし。(湯船に入るのは無理だけど、今の季節は大丈夫)
透析は、もともと通院していた診療所にて、週3回午後。お迎えは、病院の車で。帰りは都合がつかないとのことで、介護タクシー(介護保険を使うので、ケアマネさんを通して申込み)を利用。病院の送迎は、家の前で待っていなければならない。帰りも、乗り降り介助以外にしてもらうと別料金が発生しそうなので、いつ帰って来るかと外を気にしている。母は、3時間寝ていると体が痛いとか、送迎の車の運転が荒いので揺れて体が痛くなるとか言ってるが、同病者と話が出来ていいみたいだ。
透析が休みの日は退屈そう。ベッドで寝たり起きたりしながらテレビを見ている。出来るだけ、買い物に連れて行ったり、元の家に行ったりしたいねんけど、双方不調により、家でゆっくりしている。

困るのは、出かけたついでに外食しようか〜という気分になっても、そう簡単には出来ないこと。
足腰が悪いから、階段があるところは入れないし、トイレは洋式トイレでないと無理だし、間に合わない心配もあるし・・
いつも行ってるスーパーも、改めて、洋式トイレはあるか?と確かめた。
ファミレス・・案外階段上って2階にあるところが多い。バリアフリーじゃないよ。
もっとバリアフリーな世の中になってる気がしてたけど、まだまだだよ。実際は。


6月を目前にして、今日はお洗濯びより・・プランターにちまちま植えているお花たちも咲いてきました・・アメリカンブルーやっぱり好き♪今年初めて植えたサフィニアのストロベリーミニミニもかわいい♪ミニトマトも小さいけど実を付けてます♪


「はななん、ぶにゅぶにゅでビックリ☆スッキリ」
はななんの背中に長いことあったオデキ消滅!
思いおこせば、ももちゃんの腫瘍に気付いた頃からあったのです。
大きくなるようだったら検査しましょうと言われていたけど、そんなに大きくならず、病院に行く度に見てもらって早1年3カ月?ちょっと表面が赤くなってるようだったので、狂犬病の注射と血液検査に行った際、先生にすすめられるままに針でついてもらってみた。けど、注射器には何も上がって来ず、針を抜いたら、その穴から白いのがちょっぴり出て・・
おおっ、これは!!
先生が、ちょっと切開していいですか?と、ちょっと切ってくれて、指で押してくれたら、出るわ出るわ!大量のぶにゅぶにゅ。また押すと、また出る出る。細胞のカスとかがたまることがあって、芯まで取っておかないと、また出来ることがあるんです、と言いながら、袋状の芯?まで丁寧にとってくれて、はなちゃんの背中から、オデキがスッキリ消えました。よかったよかった。
モアイにも、似たようなのがあるので、皮膚科行ったら?・・はなちゃんも取ったんやし・・とすすめたけど、まだ決心はつかないようです。←ビビリ(笑)



「そしてじゃじゃ〜ん♪お待ちかねの?もったいつけちゃった(笑)コイヌ写真で〜す♪」
うちに来るコイヌさんの写真を、ブリーダーさんにお願いして、送っていただきました。
真っ黒くろすけだ〜と、最初思いました。(笑)どうです?黒さ満点でしょう?
右端の写真は、お目目が開いてからの写真です。
いっしょに生まれた子は、レモンカラーだったそうですけど、この子はなぁんて色素が濃いんでしょう!
びっくり。
どんな子に育つか、とっても楽しみです。
1カ月目の写真(これまたお願いしている!)を見て、お名前付けるつもりです。
ちっこくて、純粋そうな目をしてて、ぶさかわいい、うちの希望の星〜☆
おとこん子です。たまらんちん。

真っ黒くろすけちゃん♪お目目がまだ開いてないとき・・ぶさぶさ(笑)よう生まれて来たなって感じお目目が開いた・・ぶさカワ♪なんて愛らしいの!両親が13インチだから、小さめになるでしょうと聞いてます・・はなよりちっこい弟分だね





<6月>
「クロちゃん1カ月目の画像」

ー☆ーブリーダーさんからのコメントー☆ー
子犬は元気に育っています
離乳食もたくさん食べて順調に大きくなっています
性格はまだちょっとわかりませんが活発に姉妹と動き回るようになってきました
お顔の黒いところもだんだん茶色くなってきています
とっても目が可愛い子です

クロちゃん1カ月画像その1


クロちゃん1カ月画像その2

なんちゅう離れた小さな目。(笑)
おとぼけた味のある顔。
レモンカラーの姉妹も、色はちがえど、顔のつくりがそっくりで、なんか笑ってしまった。
どんなふうに成長するのかな?
名前は、二つあって、どっちにするか悩んでます。



「何がムカツクって・・」
私はな、○○の方が良かったのに・・と、本人が行けないから買ってきてあげた家具の色の文句を言う。
私はな、甘いのが好きやから、シイタケは美味しいけどな・・と言って、料理自体は決してほめない。
今日は洗濯してくれるんか?と言わず、今日は洗濯するか?と言う。何事も、してもらうとは言わない。
食事の後、ごちそうさまも最初はぜんぜん言ってくれず、だんだん腹が立ってきて、ごちそうさまぐらい言うたらどうやのん?と言うと、しばらくして言うようになったけど、何かの折りに、あんたが言えって言ったから・・と、不満そうに言った。
ポータブルトイレの掃除をしているときに、お気楽に話しかけて来る。掃除が終わってもありがとうも言わない。トイレで片付けるの、どんなに臭いかわかってるん??これぐらいは、ありがとうって言ってくれてもええんちゃうん?2週間目ぐらいにプッツンキレたら、その後、ときどきありがとうと言うようになった。

他人には、遣いすぎぐらいに気を遣ってお礼も言う人なのに、なんで私にだけ文句ばっかり??
いっぺん聞いたら、私は田舎育ちやから、ありがとうとか家族には言わへんねん、やって。
お母ちゃん、他の人には文句言われへんから、私にばっかり言うんやな!私に甘えてるってことやな!って言うたったら、その後ちょっと変わった感じ。ありがとうと言ってくれる回数が増えたし、不満を言う回数が減ったかも。
整形外科と泌尿器の診察には連れて行かないといけないし、ヘルペスになって皮膚科にも連れてったし、お母ちゃん関係の用事がいろいろあって、いそがしい日はイライラ。ほんまに、年寄りの用事って、突然わいてくる。時間が取られる。自分の計画通りに事が進まない。今日はお風呂に入らない日やろうと思ってたら、入ると言い出すし、入ったらまた私の用事が・・

透析から帰って来て、しんどそうにおとなしくしているときは、可哀想に思うときもあるし、親やから私が何とかしてあげないと・・とは思うけど、口の達者な文句ばばぁに変身するから、優しくでけへんのよね。理屈じゃないねん。毎日いっしょで、毎日世話しなあかんし・・
テレビを見ながらの独り言や、変な鼻歌も、狭い家やから、いつも聞こえて来るし、トイレのニオイ、消臭剤のスプレーのニオイも・・髪用のヘアスプレーもたっぷり使うから、こっちに流れて来るし・・
洗濯のときに、ウンチの付いた靴下発見して・・本人は気付いてなくて、平気で歩き回っていたとか・・
年を取ると、肛門がゆるくなる人がいるみたいで、トイレまでガマン出来ないことがあるらしく、紙パンツやパットなど使用しているけど、出てしまうことがあるようで・・しようがないことだけど、そういういろいろなことが、年寄りといっしょに暮らすとあるわけで・・
そんでもって、頭がしっかりして来たものだから、口が達者で。
そりゃあ向こうも、怒ってばっかりで嫌だとか、思うように何にもしてくれへんとか、いろいろ思ってらっしゃるでしょうけど。
休みが欲しい!顔を合わせず、気分をリフレッシュ出来る日が。
7月になったら、元の家に帰ってもらって、ヘルパーさんにも入ってもらいたいと。また段取りしないと。

↑は、気分が、かなりエキサイトした日に書いたもんで、内容が過激でした。
今は、嫌なことがあっても、心の中で、今月いっぱいだからがまんしよう〜と、黙っているようにしてます。
一応、来月には、あちらの家に帰ってもらう予定で、透析のない日は、あちらの家に行って、片付けやらしてます。母は、腰が痛いので、ソファーに座って見ているだけ。
着々と、あちら行きの準備を進めてます。
こんなに腰が痛いのに・・と、母は不満そうですが、コイヌが来ること(しかも放し飼い)も話してあるし、入院から4カ月、私も疲れたので休みをちょうだいと一度お願いしたので、少しは、しょうがないなぁと思ってくれたのでしょうか。

あちらに帰ったら、もちろん、ほっておくわけでなく、ヘルパーさんと私で、1週間をうめるのです。
ヘルパーさん週3日、わたし週4日という感じでお願いする予定です。
ほっとする日が出来ます。
あちらへ帰ってもらう日を、本人に伝えた日、さっそく親戚(母の妹・弟)のところへ電話して、報告(怒りの訴え?)してたけど、なんか事実とちゃうんですけど!と思うようなことを話してたし・・
何にもしてくれない・・みたいな内容の・・
ムッカと来ましたけど、あとで、勤めて冷静に、事実と違っていたところを指摘しておきました。(母に)
そう言えば、モアイ母も、あたし達に対する不満を親戚に話してて、それが親戚から聞こえて来たときは、とっても嫌な感じがしましたっけ。しかも、事実がねじ曲がってたし。
年寄りって、自分が不幸なように話しを作るんかしらん??
そんな人じゃなかったのに・・って、悲しい気持ち。
実際以上に、ひどい人だと、私、思われる可能性ありですけど、自分の出来る範囲のこと、自分の正しいと思うことをやりましょう。

でも、最近は、母の態度、マシなんですよ。
ありがとう、ごちそうさま、一日に何度も聞けますし、生活上のお願い事をしても、キレずに聞いてくれますし。

悪魔の毒毒モンスターって、ある日腹が立ったときに、頭に浮かんできて、それ以来、ときどき、母のことを頭の中でそう呼んでやるんです。すると、ちょっとすっとします。なんか楽しい感じだし。
毒毒モンスターは、モアイも座ってる朝イチの食卓から、毒素(あそこが痛い、ここの具合が悪い、毎日同じような話・・)をまき散らすんだけど、朝は出来たら、さわやかな気分で過ごしたい・・
母の持ってる毒毒(母の感じてる痛み、苦しみ)を、受けとめきれないんですよ。
毎日、毎朝のことだから・・


「そして・・まさかの?再入院」
母が入院を決めて来た。
腰の痛みの様子をみるための入院??
今月の初め頃から腰痛が起こってきて、それがだんだんひどくなって来てて。
6月半ばのMRI検査では異常なかったそうで、でも、痛みが強いので。
前回の入院では、認知症が進んで、うちの家に連れ帰ることにしたのに・・大丈夫なのか・・
せっかく、元の家に戻る準備として、何度も家に連れて行って、お風呂に入ったり、食事したり、テレビを見て時間を過ごしたり、時間をとって努力してきたのに・・

が、透析から戻った本人に直接話を聞いてみると、腰がどうにも痛くて、このままだと変になりそうだから・・と言うので、仕方がない。入院して、何か結果が出るかどうかはわからないが・・

入院準備にアセアセバタバタ。誰も手伝ってくれる人いないし。
入院当日の朝、腰痛いのに、お風呂でお尻流すって言うし・・つまり、シャワーで流してあげないといけないし・・
時間に間に合うように、服着せて、入院の荷物そろえて、車に積んで、母も車に積んで、病院に着いたら、車椅子借りてきて母を運んで、入院検査に付き添って、部屋に付いたら看護士さんとのお話があって、大荷物を車に取りに行ってえっちらおっちら運んで、荷物を使いやすいように並べて、母の食事風景を見守り、ポータブルトイレを置いてもらってとりあえずトイレが出来たことを確認し、入院預かり金と書類を提出して、それじゃサヨナラごきげんよう。
家に帰ったら、掃除と洗濯、レンタルのベッドを取りに来てくれる日も決まってるから、布団やらベッドの上の片付けもせんといかんし・・
必死のはっしの、汗だくの、超ギリギリな一日でした。

でも、入院して良かった。
日増しに腰痛がひどくなっていたのは、
腰の骨が折れていたからでした。
また骨折・・本人も辛いだろうけど、原因不明で激痛があるよりはまし。
ひどい痛みがなくなるまで、どのくらいかかるかなぁ。
コルセット、苦しいて言うて、真面目にやらんからなぁ。
腎不全の食事療法で、骨粗鬆症が進んでしまっているのでしょう。こけたりしてないのに折れちゃって。
認知症出るな〜!それだけを祈ります。


「ひみちゅ、ひみちゅ、ひみちゅ、ひみちゅ、ひみちゅのクロちゃん♪(笑)」
6月末のクロちゃん画像が届いてますけど、我が家に到着!の日まで、ちょっと楽しみにしてて下さい?
というわけで、他の写真をちょこっと。


今月注文したとんぼ玉暑くて、だれてる、はなちゃんまたしても注文してしまった!とんぼ玉・・「ちびたま」も欲しいのん〜どうしよ〜(「・・ごっち」ですよ)

そして、ミニ花壇で色づいた赤い宝石をはなちゃんに

ダブルでもトリプルでも、おやつかかってたら何でもやるわよ!


(今月も、ぐちぐちぐちぐち、ごめんなさ〜い)